2026年9月20日日曜日

【告知】特別展「大村藩天文方・峰源助―観天成務(天を観、時代を生きた藩士)―」

このたび、大村市歴史資料館(長崎県)で、江戸後期から明治期にかけて活動した大村藩天文方・峰源助をテーマとする特別展が開催されますので、ご案内します。私は展示指導などで関わらせてもらっています。



峰源助は、幕府天文方で暦学を修めたのち、大村藩の天文方を務め、幕末から明治初期にかけて測量・製図などに従事した人物です。今回の展示では、峰家に伝来した天文地理学関係資料などを通じて、その活動が紹介されます。とくに、峰源助に由来する伊能図、星図、測量器具、天文学書や、幕府天文方に関わる新出史料も展示されます。

また、10月24日(土)には関連する郷土史講演会が開催され、私と藤本健太郎(長崎外国語大学)さんが登壇します。

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令和8年度 大村市歴史資料館特別展

「大村藩天文方・峰源助―観天成務(天を観、時代を生きた藩士)―」

 会期:2026年10月17日(土)~11月23日(月・祝)

 会場:大村市歴史資料館(長崎県)

 入場料:無料

郷土史講演会

 日時:2026年10月24日(土)13時30分~

 講師:平岡隆二、藤本健太郎

 会場:ミライon多目的ホール(長崎県大村市)

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お近くの方、関心のある方には、ぜひ足をお運びいただければ幸いです。

どうぞよろしくお願いいたします。

2026年8月26日水曜日

熊本藩の天文暦学測量砲術―池部家を中心に―

木山貴満2010新渡西洋流砲術師池部啓太と熊本藩の様式軍備化(熊本県立大学国文研究55)

木山貴満2012資料紹介 池部弥一郎発給の測量術免許状について(熊本市立熊本博物館『肥後の博物学・科学技術―細川重賢の本草学から近代テクノロジーへ』)

木山貴満2014幕末期における西洋流砲術の伝播について:池部啓太と田結荘斉治の交流書簡を中心に(『中近世の領主支配と民間社会:吉村豊雄先生ご退職記念論文集』)

瀬戸致誠1987幕末肥後藩西洋砲術家池部啓太について(熊本近代史研究会会報211号)

瀬戸致誠1989幕末肥後藩西洋砲術家池部啓太に関する問題点(熊本県高等学校社会化研究会研究紀要19号)

瀬戸致誠1990幕末肥後藩と長崎海軍伝習(熊本県高等学校社会化研究会研究紀要20号)

平田稔2023天保7年に洋式砲実演を発見学:池部啓太父子の長崎報告文書その1(熊本暦研史叢24号)

 平田稔2024幕末の西洋砲弾の呼び名と性能など:池部啓太父子の長崎報告文書その2(熊本暦研史叢25号)

蓑田勝彦2012池部長十郎と熊本藩の測量絵図作成(上)(八代古文書の会会報31)

蓑田勝彦2013池部長十郎と熊本藩の測量絵図作成(下)(八代古文書の会会報32)

蓑田勝彦2018高島秋帆が差出した池部啓太の処遇改善の「歎願書」(八代古文書の会会報101)

2026年8月7日金曜日

長崎聖堂関係

・ 長崎聖堂と長崎盲唖院—「中島聖堂由来記」を中心に(2016.11.13)

https://www.tmtkknst.com/2016/11/13/nagasaki-seido/ 

・岡本隆司「長崎の聖堂と孔子廟:日中の近世と近代」『史林』第101巻第6号、2018年、109-126頁。

・张哲「中国侨商与长崎孔庙的兴替」『国际汉学』2024年第4期、78-86頁。

2025年1月14日火曜日

土田健次郎「儒教とは何か」

 土田健次郎「儒教とは何か」、大月杏奈ほか編『儒教のかたち こころの鑑:日本美術に見る儒教』(展覧会図録)サントリー美術館、2024年、8-14頁。

日本の歴史に儒教が果たした役割が簡潔かつ見事にまとめられている。長年の研究で練り上げられた独自の視点と語り口が光っている。こういう文章を図録で読めるのも嬉しい。展覧会もとてもよかった。

2024年10月6日日曜日

堀田仁助

 明和2年(1765)9月20日付で「堀田兵之助」が渋川図書光洪宛に提出した、天文暦術の誓約書が現存する。これは津和野藩士の堀田仁助(1745-1829、通称ははじめ兵之助、号は泉尹)のことだろう。堀田は天明3年(1783)に幕府天文方属員となり、寛政改暦にも参加し、また地理学・地図学の分野で業績を残した。堀田は山路の弟子の藤田貞資に和算を学んだが、渋川光洪の暦術の弟子にもなっていたことは、残される史料の内容から考えて、ちょっと意外で面白い(当時の文脈では当然のことだったかのかもしれない)。

2024年5月28日火曜日

小林謙貞のその後

1.古賀『長崎洋学史』上、天文、244頁に「糸屋氏は、小林氏の親族であったらしい」と言っている。「小林謙貞伝」には盛り込めなかったが(注37に盛り込むべきか)、古賀がそういうなら、何か典拠があるのだろう。

2.晧台寺墓の最上段の糸屋家墓地に「みつかわ」銘の墓碑があった。元禄期の万屋町水帳にも「みつかわ」あった。『村山東庵とその一族』にも、みつかわが、村山氏と関係があったことも書いてあったはず。

3.樋口権右衛門の免許状については、林鶴一『和算研究集録』をとっかかりにするのがよいかもしれない。

2024年5月27日月曜日

慶長六年具注暦の「時正」

[舟橋秀賢]筆『慶長六年具注暦』京都大学附属図書館 6-04/ケ/1貴
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00008026

【告知】特別展「大村藩天文方・峰源助―観天成務(天を観、時代を生きた藩士)―」

このたび、大村市歴史資料館(長崎県)で、江戸後期から明治期にかけて活動した大村藩天文方・峰源助をテーマとする特別展が開催されますので、ご案内します。私は展示指導などで関わらせてもらっています。 峰源助は、幕府天文方で暦学を修めたのち、大村藩の天文方を務め、幕末から明治初期にかけて...