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2020年7月22日水曜日

西川正休「大略天學名目鈔」(『天経或問』和刻本附録)

 [01]或初學問テ曰ク、天學ヲ習得テ何ノ用有ル乎。
 答曰ク、天學ヲ習得テハ、大略天地ノ理ヲ窮ル也。聖人ノ道ハ格物ヲ以テ初トス。格物ハ何ゾ。萬物ノ理ヲ窮ル也。萬物ノ理ヲ窮ルコト、天地ノ理ヲ窮ルヨリ大ナルハ無シ。

 [02]問。然ルニ堯舜ハ天學ヲ宗トシ欽敬シ玉ヒテ、授時ヲ以テ布政ノ最初ト為ト雖ドモ、前聖ノ道ヲ大成シ玉ヒシ孔聖ハ終ニ天學ヲ説玉ハザルハ何ゾヤ。
 曰ク、孔子モ天學ヲ説玉ハザルニ非ズ。夫レ天學ニ二義アリ。命理ノ天學ト形氣ノ天學トナリ。性命五常ノ道理ヲ窮ル。是レ命理ノ天學也。日月五星ノ運行推歩測量ヲ修ル。是レ形氣ノ天學也。
 命理ト形氣ト本二ツニ非ズ。天ハ虚ニシテ大氣充塞運動シテ體質ナシト雖モ、日月ノ形象南北ニ運行シテ四時行レ、春温夏熱秋令冬寒ト四季ノ土旺ト共ニ五氣アリ。又天ニ衆星多シト雖ドモ、辰星、太白星、熒惑星、歳星、鎮星ノ五星ハ衆星ニ異リ、光映五行ノ色ヲ顯シ、運行モ亦日月ノ如ク各々ニシテ遲速同ジカラズ。是レ即チ天ノ五行也。此ノ五氣ヲ地ニ與ヘテ五物ヲ生ズ。地ハ實ニシテ土質凝聚静定シ、金木水火ノ四ツ土ニ依リ附キ、五行ヲ以テ地ノ體質ヲ成シ、天ノ五氣ヲ稟テ五物生ジ、五物生々変化シテ萬物ト成リ、一物各々命理ヲ具ス。人ハ天氣地質ノ間ニ生ジ、骨肉血毛温ノ五體、心肝腎肺脾ノ五臓ヲ以テ體質ヲ成シ、此ノ身體ノ内ニ天ノ五氣呼吸ニ随ヒ、呼ニ出テ吸ニ入リ、地ノ五物五味飲食ニ入リ、二便ニ出ヅ。又人心ハ命理ノ居所、一身ノ主宰タルニ依テ、天ノ虚ナルガ如ク、心理モ亦虚也ト雖ドモ、天ノ五氣、四時ニ依テ發顯著キカ如ク、心理ノ五常モ亦四端ニ依テ顯ル。此ノ如キノ三才一貫ヲ窮ル、是ヲ命理ノ天學ト云。
 又日月五星ノ運行ヲ推歩測量シテ、四時ヲ定メ時ヲ授ケ、或ハ世界ノ萬國ニ行舟シ、或ハ邦國山川ノ地理ヲ窮ル。是ヲ形氣ノ天學ト云。
 形氣ナケレバ命理モナク、命理ナケレバ形氣モナシ。天地形體アルガ故ニ、理ト氣ト形體ノ中ニ具リ、人間形體アルガ故ニ人氣ト心理ト形體ノ中ニ具リ、萬物形質アルガ故ニ氣味ト効能ト形質ノ中ニ在テ、理氣形ノ三ノ者ハ相離レズ、聖人ハ教ヲ以テ主トス。一人ノ命理昧ケレバ億兆ノ人ヲ殘虐シ、一人ノ命理明ナレバ億兆ノ人ヲ救恤ス。是故ニ孔子ハ専ラ命理ノ天學ヲ以テ人ヲ教ユ。孔子若シ位ヲ得テ天下ヲ治メ玉ハヾ、堯舜ノ如ク日月星辰ヲ暦象シテ時ヲ授ケ、禹王周公ノ如ク邑國山川ノ地理ヲ修メ、夏ノ時ヲ行ヒ玉ヘルコト必定也。

 [03]問。堯舜ハ形氣ノ天ヲ述ベ、孔子ハ命理ノ天ヲ述ベ玉フニ、堯以前ノ聖人モ天學ヲ述ベ玉ヘル乎。(下略)

2020年6月10日水曜日

『暦象新書』西域天學来暦


   西域天學来暦
是書は、暗厄里亜國人奇兒氏なる者の著せる天學書中の説にして、其説古來天學家の謂ふ所に異也。古來天學家は、皆天を動とし、地を靜也として、地を以て天の中心とす。然るを是書は、天を靜也とし、地を動とし、且又地球の外に、許多の世界あるの理を云。按ずるに、近世彼方に行るゝ天學、其本は亞夫利加洲の厄日多國に起りて、厄勒祭亞の總王たりし時、學士比太古刺私といへる者、彼國に渡り、在留する事七年にして、學び得て歸國せり。此時此學初て歐羅巴洲に渡れり。然れども當時亞里私鐸底兒斯杯云し大家の學者、多くは舊説を固執して、新渡の學流、古來相傳の師説に合ざるを疾ける故に、僅に數箇所の學校にして、是を講ずるのみにして、盛に行るゝこと能ざりし。
(『文明源流叢書』巻二、百一頁)

2020年2月24日月曜日

西村太沖「麻田剛立先生行状記」成立年未詳(寛政11・1799年以後成立)2

「夫天文家ニ数家アリト雖モ、其ノ要領トスル処、今コレヲ分ツテ二家トス。一ツニハ命理、二ツニハ形気ナリ」
「麻田家ノ天学ハ形気ノ天文一法ニシテ、命理至妙ノ事ハ儒門ニアツケ、『天経或問』等ノ義モ強テ論セス、タヽ推歩実測ニ鍛錬シテ其実験ヲ謂テ、憶説ヲ語ラス、器物ヲ製シテ天ヲ窺ヒ、太陽ノ表ニ黒子ノ旋転アルコトヲ知リ」
「形気ノ天学ハ、往古将来ヲ推歩シ、七曜二十八宿恒星等ノ度分ヲ測リ暦数ニ詳ク、而露霜雪ノ然ル所ヲ忽ニスルモノ也」。
「(麻田家の)其法モトヨリ授時・貞享ノ二暦ニヨラス、専ラ西洋新法ヲ主トシテ近来渡リシ崇禎暦・暦象考成ノ法ニ本ツキ」

西村遠里『天学指要』安永5年(1776)序、安永7年刊


夫天学ニ四派アリ、一者天ノ二十八宿ノ州(クニ)々ニ配当シ、某ノ星宿ハ某ノ州ヲ主トリ、某ノ州ノ宿ニ属ストシテ、此ヲ分野ト名付、客星妖星等出現シ、或ハ天變アルノ時ハ分野ヲ見テ、其主属ノ州々或ハ凶或ハ吉トコレヲ占フナリ、コレ和漢トモ衆人ノ天文学ト覚ヰル處ニシテ、軍書ナトニ多出テ、漢土ニシテハ梓愼□竃カ輩、和邦ニシテハ安部晴明等ノ名アリシ處ナリ、コレヲ占候ノ天学ト云、一者天體地體及七曜風雨霜雪霧露雲霞雷電地震等ノ然ル所以ヲ会得ス、天経或問物理小識等ニ義論スル處ノ如シ、游子六掲子宜等ノ名アル處ナリ、コレヲ理学ノ天学ト云、一者日晷ヲ測量シ、気候ヲ定メ、太陽ノ盈縮太陰ノ遲疾ヲ推歩シ、朔望ノ刻ヲ測リ、大小閏月ヲ置、交蝕ノ浅深ヲ察シ、五星ノ出没ヲ測量スル等ノ諸術ニ精ク、暦ヲ推歩シ時ヲ授ク、郭守敬春海等ノ名アル處ナリ、コレヲ暦象家ト云、西川如見所謂、形氣ノ天学ナルモノナリ、蓋シ理学ノ天学ト形氣ノ天学ト同シケレトモ些ニ異同アリ、理学ノ天学ハ天経或問等ノ如ク、推歩測量ノ暦算ニ粗略ニシテ、然ル所以ノ理ニ精シ、形氣ノ天学ハ暦数ニ精ク、雨露霜雪ノ然ル所以ノ理ヲ忽セニス 、一者以性命道徳ノ理ヲ尋ネ、数ノ玄々ヲ探リ、陰陽ノ理ニ通ジ、近ハコレヲ身ニトリ人道ヲ失ハザル、コレヲ命理ノ天学ト云。

2020年2月18日火曜日

洞仙先生[三浦梅園]口授(成立年不明)

我、十歳にみたざりし内より大に疑団を蓄へき。其疑団と云ふは、我、此如(かくのごとく)生れ来るにどふ云ふ処より来る〔も〕、どふ云ふ処にゆくとも、生れ〔る〕さきの前への前へも手とゞかず、死して後の後も手とゞかず、天のはてをどこをかぎり、地のそこをどこをかぎり、かぎりをおけば其外(そと)出来、一向つまらぬよふになり、さてこふ思ふ心もどふして出来たとも、どふして消ゆるとも、雲がどふして出来るとも、目がなに故見ゆるやら、耳がなに故きこゆるやら、思へば思ふ程がてんゆかずなり。子共(こども)心に心ぼそくなりていこふ心苦しかりき。
人のくせに、雷の鳴り地震(ナイ)のふるにあへば不思議なりといへども、我心には鳴もふしぎ、其鳴らざるのもきこへず、地のうごくも不思議、地のうごかざるもきこへず。たとへば「火はなに故にあつきぞ、水はなに故つめたきぞ」といへば、人は、「火、陽なるによりてあつし、水、陰なるによりてつめたし」と云。我心にはなに故に陽なる者はあつきぞ、陰なる者はつめたきぞと思へば、其陰陽と云者もきこへずなり。たとへば扇子を手に持ちて手をはなてば下にをつるを、「なに故に下におつるぞ、うへと東西南北とには何故にをちぬぞ」と人にとへば、「脇にはゆかぬ筈、下にはをつる筈じや」と云。そこで我が思ふには、筈と云にかくれば、動く者はをつる筈、目は見る筈、耳は聞ゆる筈、雷は鳴る筈、地震はうごく筈と、筈を掛(かけ)てこしらゆれば悉皆聞こゑぬ事もなし。されども其筈と云者が気にかゝり、ねれば何故ねいるといふ筈あるぞと、此筈に屈たくしうつら〳〵と年を累(かさ)ねぬ。
それより程なふ書物など読ならい、色々考へて見ても、故人の学問も皆筈からうへのせんぎにて、筈はづしたる説も見ず。半上落下の境界にて三十迄打すぎたり。三十の年、始て天地は気なりと心つきたり。それより天地に条理と云者有事を見付たり。気と云事も故人もいゝ、条理と云事故人も云たれば、珍敷事にもあらぬよふなれども、大に其境異なりて、我心には先達一人も此境には見て到る人はいまだあらずと思ふは、我固鄙にも有にや。(下略)
尾形純男・島田虔次編注訳『三浦梅園自然哲学論集』岩波書店、1998年、309-310頁。

2020年1月22日水曜日

「渾天儀」の刊行によせて(岡田芳朗)

江戸時代には天文暦法に関する書籍が数多く出版されており、今日各地に伝存する数もかなり多いのですが、これは主として武士の間で天文や暦法が、教養として重んじられた為であります。教養としての天文暦法は、必ずしも純粋に自然科学的な知識や、観測の技術を修得する為のものではなく、むしろそれによって、儒教的道徳が天地の理に適った、崇高なものである事を学ぶ為のものであったのです。
天地の原理を論じて人倫の道を説くと言った筆法は、東洋においてばかりではなく、西洋においても、近代的天文学が成立するまで見られた傾向でありますが、その為に洋の東西を問わず、天文学が重要視されて広く学ばれたのです。東洋では太陰太陽暦を近年まで使用しておりましたが、その複雑な暦法、正確な天文常数を求めて、特に暦法に対する関心が強かったのです。(北川宗俊著、山口泰欽写本、木村東市解読・解説『渾天儀:享保年間南部藩最古の天文学書』私家版、1989年、岡田芳朗序文より)

麻田剛立先生行状記(石川県立図書館)1

先君子[麻田剛立]幼名庄吉、後璋庵ト云フ、則其号ナリ。生レテ三才ノトキ其父有終先生ニ抱レテ後園ニ遊ヒケルトキ、折節月夜ナリシカハ、月ヲミセテ其高キコトヲ語リシニ、先君子問曰ク、月ヨリ高キモノアリヤ、ト。先生曰、日ナリ、ト。又問、日ヨリ高キ者アリヤ、ト。曰、星ナリ。又問フ、星ヨリ高モノアリヤ、ト。其トキ先生笑テ、其上ハ我モシラス、ト答ヘシカハ、先君子曰、父不知ヤ、我ハ長テ後知之、ト云ヘリ。其後生長スルニ付テ天文ノ志アリ。其トキ有終先生家人ニ語リテ、カツテ此児生長ノ後ハ、天文者ニナルヘシト云シカ、今マハタシテ然リ、ト云テ悦ヘリ。

熊本藩の天文暦学測量砲術―池部家を中心に―

木山貴満2010新渡西洋流砲術師池部啓太と熊本藩の様式軍備化(熊本県立大学国文研究55) 木山貴満2012資料紹介 池部弥一郎発給の測量術免許状について(熊本市立熊本博物館『肥後の博物学・科学技術―細川重賢の本草学から近代テクノロジーへ』) 木山貴満2014幕末期における西洋流砲...