夫天学ニ四派アリ、一者天ノ二十八宿ノ州(クニ)々ニ配当シ、某ノ星宿ハ某ノ州ヲ主トリ、某ノ州ノ宿ニ属ストシテ、此ヲ分野ト名付、客星妖星等出現シ、或ハ天變アルノ時ハ分野ヲ見テ、其主属ノ州々或ハ凶或ハ吉トコレヲ占フナリ、コレ和漢トモ衆人ノ天文学ト覚ヰル處ニシテ、軍書ナトニ多出テ、漢土ニシテハ梓愼□竃カ輩、和邦ニシテハ安部晴明等ノ名アリシ處ナリ、コレヲ占候ノ天学ト云、一者天體地體及七曜風雨霜雪霧露雲霞雷電地震等ノ然ル所以ヲ会得ス、天経或問物理小識等ニ義論スル處ノ如シ、游子六掲子宜等ノ名アル處ナリ、コレヲ理学ノ天学ト云、一者日晷ヲ測量シ、気候ヲ定メ、太陽ノ盈縮太陰ノ遲疾ヲ推歩シ、朔望ノ刻ヲ測リ、大小閏月ヲ置、交蝕ノ浅深ヲ察シ、五星ノ出没ヲ測量スル等ノ諸術ニ精ク、暦ヲ推歩シ時ヲ授ク、郭守敬春海等ノ名アル處ナリ、コレヲ暦象家ト云、西川如見所謂、形氣ノ天学ナルモノナリ、蓋シ理学ノ天学ト形氣ノ天学ト同シケレトモ些ニ異同アリ、理学ノ天学ハ天経或問等ノ如ク、推歩測量ノ暦算ニ粗略ニシテ、然ル所以ノ理ニ精シ、形氣ノ天学ハ暦数ニ精ク、雨露霜雪ノ然ル所以ノ理ヲ忽セニス 、一者以性命道徳ノ理ヲ尋ネ、数ノ玄々ヲ探リ、陰陽ノ理ニ通ジ、近ハコレヲ身ニトリ人道ヲ失ハザル、コレヲ命理ノ天学ト云。
2020年2月24日月曜日
西村遠里『天学指要』安永5年(1776)序、安永7年刊
夫天学ニ四派アリ、一者天ノ二十八宿ノ州(クニ)々ニ配当シ、某ノ星宿ハ某ノ州ヲ主トリ、某ノ州ノ宿ニ属ストシテ、此ヲ分野ト名付、客星妖星等出現シ、或ハ天變アルノ時ハ分野ヲ見テ、其主属ノ州々或ハ凶或ハ吉トコレヲ占フナリ、コレ和漢トモ衆人ノ天文学ト覚ヰル處ニシテ、軍書ナトニ多出テ、漢土ニシテハ梓愼□竃カ輩、和邦ニシテハ安部晴明等ノ名アリシ處ナリ、コレヲ占候ノ天学ト云、一者天體地體及七曜風雨霜雪霧露雲霞雷電地震等ノ然ル所以ヲ会得ス、天経或問物理小識等ニ義論スル處ノ如シ、游子六掲子宜等ノ名アル處ナリ、コレヲ理学ノ天学ト云、一者日晷ヲ測量シ、気候ヲ定メ、太陽ノ盈縮太陰ノ遲疾ヲ推歩シ、朔望ノ刻ヲ測リ、大小閏月ヲ置、交蝕ノ浅深ヲ察シ、五星ノ出没ヲ測量スル等ノ諸術ニ精ク、暦ヲ推歩シ時ヲ授ク、郭守敬春海等ノ名アル處ナリ、コレヲ暦象家ト云、西川如見所謂、形氣ノ天学ナルモノナリ、蓋シ理学ノ天学ト形氣ノ天学ト同シケレトモ些ニ異同アリ、理学ノ天学ハ天経或問等ノ如ク、推歩測量ノ暦算ニ粗略ニシテ、然ル所以ノ理ニ精シ、形氣ノ天学ハ暦数ニ精ク、雨露霜雪ノ然ル所以ノ理ヲ忽セニス 、一者以性命道徳ノ理ヲ尋ネ、数ノ玄々ヲ探リ、陰陽ノ理ニ通ジ、近ハコレヲ身ニトリ人道ヲ失ハザル、コレヲ命理ノ天学ト云。
矢野道雄『増補改訂 密教占星術:宿曜道とインド占星術』東洋書院、2013年
(序文より)
本書は…古代文化の一要素としての占星術が、ある文明から他の文明へと、ある時は変貌し、ある時は古い姿を保持しながら伝播していった様子を歴史的に眺め、占星術が文化交渉史の中で果たした役割の大きさを具体的にしめそうとしたものである。
…占星術は現代でこそ「疑似科学」と呼ばれ、正統な学問の対象とはみなされていないが、近代科学が興るまでは天文学と表裏一体の関係にあった。天文学が天象の規則性を数理的に追究していったのに対し、占星術は天象と人間の関係を求め、未来を知りたいという人間の願望に応えようとしていた。占星術は天の学を人間の学へと近付ける試みであり、それだけに、数理天文学よりもはるかに広い層によって支持されてきた。
本書は…古代文化の一要素としての占星術が、ある文明から他の文明へと、ある時は変貌し、ある時は古い姿を保持しながら伝播していった様子を歴史的に眺め、占星術が文化交渉史の中で果たした役割の大きさを具体的にしめそうとしたものである。
…占星術は現代でこそ「疑似科学」と呼ばれ、正統な学問の対象とはみなされていないが、近代科学が興るまでは天文学と表裏一体の関係にあった。天文学が天象の規則性を数理的に追究していったのに対し、占星術は天象と人間の関係を求め、未来を知りたいという人間の願望に応えようとしていた。占星術は天の学を人間の学へと近付ける試みであり、それだけに、数理天文学よりもはるかに広い層によって支持されてきた。
2020年2月18日火曜日
洞仙先生[三浦梅園]口授(成立年不明)
我、十歳にみたざりし内より大に疑団を蓄へき。其疑団と云ふは、我、此如(かくのごとく)生れ来るにどふ云ふ処より来る〔も〕、どふ云ふ処にゆくとも、生れ〔る〕さきの前への前へも手とゞかず、死して後の後も手とゞかず、天のはてをどこをかぎり、地のそこをどこをかぎり、かぎりをおけば其外(そと)出来、一向つまらぬよふになり、さてこふ思ふ心もどふして出来たとも、どふして消ゆるとも、雲がどふして出来るとも、目がなに故見ゆるやら、耳がなに故きこゆるやら、思へば思ふ程がてんゆかずなり。子共(こども)心に心ぼそくなりていこふ心苦しかりき。
人のくせに、雷の鳴り地震(ナイ)のふるにあへば不思議なりといへども、我心には鳴もふしぎ、其鳴らざるのもきこへず、地のうごくも不思議、地のうごかざるもきこへず。たとへば「火はなに故にあつきぞ、水はなに故つめたきぞ」といへば、人は、「火、陽なるによりてあつし、水、陰なるによりてつめたし」と云。我心にはなに故に陽なる者はあつきぞ、陰なる者はつめたきぞと思へば、其陰陽と云者もきこへずなり。たとへば扇子を手に持ちて手をはなてば下にをつるを、「なに故に下におつるぞ、うへと東西南北とには何故にをちぬぞ」と人にとへば、「脇にはゆかぬ筈、下にはをつる筈じや」と云。そこで我が思ふには、筈と云にかくれば、動く者はをつる筈、目は見る筈、耳は聞ゆる筈、雷は鳴る筈、地震はうごく筈と、筈を掛(かけ)てこしらゆれば悉皆聞こゑぬ事もなし。されども其筈と云者が気にかゝり、ねれば何故ねいるといふ筈あるぞと、此筈に屈たくしうつら〳〵と年を累(かさ)ねぬ。
それより程なふ書物など読ならい、色々考へて見ても、故人の学問も皆筈からうへのせんぎにて、筈はづしたる説も見ず。半上落下の境界にて三十迄打すぎたり。三十の年、始て天地は気なりと心つきたり。それより天地に条理と云者有事を見付たり。気と云事も故人もいゝ、条理と云事故人も云たれば、珍敷事にもあらぬよふなれども、大に其境異なりて、我心には先達一人も此境には見て到る人はいまだあらずと思ふは、我固鄙にも有にや。(下略)
尾形純男・島田虔次編注訳『三浦梅園自然哲学論集』岩波書店、1998年、309-310頁。
人のくせに、雷の鳴り地震(ナイ)のふるにあへば不思議なりといへども、我心には鳴もふしぎ、其鳴らざるのもきこへず、地のうごくも不思議、地のうごかざるもきこへず。たとへば「火はなに故にあつきぞ、水はなに故つめたきぞ」といへば、人は、「火、陽なるによりてあつし、水、陰なるによりてつめたし」と云。我心にはなに故に陽なる者はあつきぞ、陰なる者はつめたきぞと思へば、其陰陽と云者もきこへずなり。たとへば扇子を手に持ちて手をはなてば下にをつるを、「なに故に下におつるぞ、うへと東西南北とには何故にをちぬぞ」と人にとへば、「脇にはゆかぬ筈、下にはをつる筈じや」と云。そこで我が思ふには、筈と云にかくれば、動く者はをつる筈、目は見る筈、耳は聞ゆる筈、雷は鳴る筈、地震はうごく筈と、筈を掛(かけ)てこしらゆれば悉皆聞こゑぬ事もなし。されども其筈と云者が気にかゝり、ねれば何故ねいるといふ筈あるぞと、此筈に屈たくしうつら〳〵と年を累(かさ)ねぬ。
それより程なふ書物など読ならい、色々考へて見ても、故人の学問も皆筈からうへのせんぎにて、筈はづしたる説も見ず。半上落下の境界にて三十迄打すぎたり。三十の年、始て天地は気なりと心つきたり。それより天地に条理と云者有事を見付たり。気と云事も故人もいゝ、条理と云事故人も云たれば、珍敷事にもあらぬよふなれども、大に其境異なりて、我心には先達一人も此境には見て到る人はいまだあらずと思ふは、我固鄙にも有にや。(下略)
尾形純男・島田虔次編注訳『三浦梅園自然哲学論集』岩波書店、1998年、309-310頁。
2020年1月22日水曜日
「渾天儀」の刊行によせて(岡田芳朗)
江戸時代には天文暦法に関する書籍が数多く出版されており、今日各地に伝存する数もかなり多いのですが、これは主として武士の間で天文や暦法が、教養として重んじられた為であります。教養としての天文暦法は、必ずしも純粋に自然科学的な知識や、観測の技術を修得する為のものではなく、むしろそれによって、儒教的道徳が天地の理に適った、崇高なものである事を学ぶ為のものであったのです。
天地の原理を論じて人倫の道を説くと言った筆法は、東洋においてばかりではなく、西洋においても、近代的天文学が成立するまで見られた傾向でありますが、その為に洋の東西を問わず、天文学が重要視されて広く学ばれたのです。東洋では太陰太陽暦を近年まで使用しておりましたが、その複雑な暦法、正確な天文常数を求めて、特に暦法に対する関心が強かったのです。(北川宗俊著、山口泰欽写本、木村東市解読・解説『渾天儀:享保年間南部藩最古の天文学書』私家版、1989年、岡田芳朗序文より)
天地の原理を論じて人倫の道を説くと言った筆法は、東洋においてばかりではなく、西洋においても、近代的天文学が成立するまで見られた傾向でありますが、その為に洋の東西を問わず、天文学が重要視されて広く学ばれたのです。東洋では太陰太陽暦を近年まで使用しておりましたが、その複雑な暦法、正確な天文常数を求めて、特に暦法に対する関心が強かったのです。(北川宗俊著、山口泰欽写本、木村東市解読・解説『渾天儀:享保年間南部藩最古の天文学書』私家版、1989年、岡田芳朗序文より)
麻田剛立先生行状記(石川県立図書館)1
先君子[麻田剛立]幼名庄吉、後璋庵ト云フ、則其号ナリ。生レテ三才ノトキ其父有終先生ニ抱レテ後園ニ遊ヒケルトキ、折節月夜ナリシカハ、月ヲミセテ其高キコトヲ語リシニ、先君子問曰ク、月ヨリ高キモノアリヤ、ト。先生曰、日ナリ、ト。又問、日ヨリ高キ者アリヤ、ト。曰、星ナリ。又問フ、星ヨリ高モノアリヤ、ト。其トキ先生笑テ、其上ハ我モシラス、ト答ヘシカハ、先君子曰、父不知ヤ、我ハ長テ後知之、ト云ヘリ。其後生長スルニ付テ天文ノ志アリ。其トキ有終先生家人ニ語リテ、カツテ此児生長ノ後ハ、天文者ニナルヘシト云シカ、今マハタシテ然リ、ト云テ悦ヘリ。
2019年12月30日月曜日
2019年の仕事
今年はひたすら波瀾万丈の忘れられない1年になりました。今年が終わるのが信じられないほどです。あいかわらず自分の居場所、自分の学問を見つけようともがく毎日ですが、どなたさまもよいお年を迎えられますよう、お祈りもうしあげます。
《共編》
TAKEDA Tokimasa and HIRAOKA Ryuji ed., “Special Issue: East‒West Contacts and Scientific Culture in Early Modern East Asia”, Historia scientiarum 29, no. 1 (September 2019): pp. 1-135. [日本科学史学会欧文誌の近世東アジア科学史特集号。収録論文5篇]
《論文》
HIRAOKA Ryuji, “Deciphering Aristotle with Chinese Medical Cosmology: Nanban Unkiron and the Reception of Jesuit Cosmology in 17th-Century Nagasaki” in Bill Mak and Eric Huntington (eds.), Overlapping cosmologies in Asia. (accepted) (査読あり)
HIRAOKA Ryuji, “Jesuits and Western Clock in Japan’s ‘Christian Century’ (1549-c.1650)”, Journal of Jesuit Studies 7, no. 2. (in printing) (査読あり)
HIRAOKA Ryuji, “Printed Editions and Manuscripts of Tianjing Huowen”, Historia scientiarum 29, no. 1 (September 2019): pp. 80-111. (査読あり)
平岡隆二・クリストファーカレン「ジュネーブ天儀:17 世紀日本の天文模型」、『洋学:洋学史学会研究年報』第26号、2019年5月、49-78頁。(査読あり)
平岡隆二「アリストテレスを運気論で読み解く-『南蛮運気論』と17 世紀長崎における西学理解-」、武田時昌・麥文彪編『天と地の科学−東と西の出会い』、京都大学人文科学研究所、2019年2月、396-407頁。(分担執筆)
Christopher Cullen and HIRAOKA Ryuji, "The Geneva Sphere: An Astronomical Model from 17th Century Japan", Technology and Culture 60, no. 1 (January 2019): 219-251. (査読あり)
《学会発表》
平岡隆二「キリシタンと和時計」、日本科学史学会京都支部例会、京都大学、2019年10月5日。
HIRAOKA Ryuji, "The Crossroad of Jap. Sin. Missions: Historical Materials in Nagasaki," Guest lecture in the "Nagasaki Historical Tour: A Prelude to the International Workshop" by an invitation from the Ricci Institute, University of San Francisco, at Nagasaki Museum of History and Culture, 2019 Sep. 28. (招待発表)
HIRAOKA Ryuji, "The historiography of the Jesuits and Western science in Japan," 15th International Conference on the Histoy of Science in East Asia 2019, Chonbuk National University, Jeonju, Republic of Korea, 2019 Aug 21.
HIRAOKA Ryuji, "Cosmological Interests in 17th Century China and Japan: The Case of You Yi 游藝’s Tianjing huowen 天経或問", International conference: Science, Western Learning and Confucianism -Commemorating the 390th Anniversary of the Compilation of the Chongzheng-Reign Treatises on Calendrical Astronomy-, University of Science and Technology of China, Hefei, China, 2019 April 30. (招待発表)
《共編》
TAKEDA Tokimasa and HIRAOKA Ryuji ed., “Special Issue: East‒West Contacts and Scientific Culture in Early Modern East Asia”, Historia scientiarum 29, no. 1 (September 2019): pp. 1-135. [日本科学史学会欧文誌の近世東アジア科学史特集号。収録論文5篇]
《論文》
HIRAOKA Ryuji, “Deciphering Aristotle with Chinese Medical Cosmology: Nanban Unkiron and the Reception of Jesuit Cosmology in 17th-Century Nagasaki” in Bill Mak and Eric Huntington (eds.), Overlapping cosmologies in Asia. (accepted) (査読あり)
HIRAOKA Ryuji, “Jesuits and Western Clock in Japan’s ‘Christian Century’ (1549-c.1650)”, Journal of Jesuit Studies 7, no. 2. (in printing) (査読あり)
平岡隆二・クリストファーカレン「ジュネーブ天儀:17 世紀日本の天文模型」、『洋学:洋学史学会研究年報』第26号、2019年5月、49-78頁。(査読あり)
平岡隆二「『天経或問』の刊本と写本」、『科学史研究』第Ⅲ期第58巻No.289、2019年4月、2-21頁。(査読あり)
Christopher Cullen and HIRAOKA Ryuji, "The Geneva Sphere: An Astronomical Model from 17th Century Japan", Technology and Culture 60, no. 1 (January 2019): 219-251. (査読あり)
《学会発表》
平岡隆二「キリシタンと和時計」、日本科学史学会京都支部例会、京都大学、2019年10月5日。
HIRAOKA Ryuji, "The Crossroad of Jap. Sin. Missions: Historical Materials in Nagasaki," Guest lecture in the "Nagasaki Historical Tour: A Prelude to the International Workshop" by an invitation from the Ricci Institute, University of San Francisco, at Nagasaki Museum of History and Culture, 2019 Sep. 28. (招待発表)
HIRAOKA Ryuji, "The historiography of the Jesuits and Western science in Japan," 15th International Conference on the Histoy of Science in East Asia 2019, Chonbuk National University, Jeonju, Republic of Korea, 2019 Aug 21.
HIRAOKA Ryuji, "Cosmological Interests in 17th Century China and Japan: The Case of You Yi 游藝’s Tianjing huowen 天経或問", International conference: Science, Western Learning and Confucianism -Commemorating the 390th Anniversary of the Compilation of the Chongzheng-Reign Treatises on Calendrical Astronomy-, University of Science and Technology of China, Hefei, China, 2019 April 30. (招待発表)
2019年11月23日土曜日
龍頭龍尾の蝕の図
An Illustrated Astronomical Treatise by Mahmud ibn Muhammad al-Jaghmini, Ayathulugh (Ayasoluk), Anatolia, dated 17 Jumada al-awwal 785 (18 July 1383),
The Khalili Collection, MSS 1164, 20a.
https://www.khalilicollections.org/collections/islamic-art/khalili-collection-islamic-art-illustrated-astronomical-treatise-by-mahmud-ibn-muhammad-al-jaghmini-mss1164/
A manuscript of al-Mulakhkhas fi al-hay'ah written in Arabic by al-Jaghmini (from a private collection).
https://en.wikipedia.org/wiki/Jaghmini#/media/File:Jaghmini_manuscript.jpg
Christophus Clavius, In sphaeram Ioannis de Sacrobosco commentarius [..]. Roma, 1581, p. 430.
『二儀略説』稲垣本、中巻、6a
「扨日月ノ蝕ハ二様アリ。一者皆既ノ蝕。是日月龍頭・龍尾ニシテ二心同線ナル時ノ蝕也。二者半蝕。是ハ月輪龍頭・龍尾ヲ少シハツレテノ蝕也。依之皆既ノ蝕ハ稀ニシテ半蝕ハ多キ也。此等ノ義、図ニテ可知也。」
「二十八都市万国絵図(万国絵図屏風)」、宮内庁三の丸尚蔵館。
The Khalili Collection, MSS 1164, 20a.
https://www.khalilicollections.org/collections/islamic-art/khalili-collection-islamic-art-illustrated-astronomical-treatise-by-mahmud-ibn-muhammad-al-jaghmini-mss1164/
A manuscript of al-Mulakhkhas fi al-hay'ah written in Arabic by al-Jaghmini (from a private collection).
https://en.wikipedia.org/wiki/Jaghmini#/media/File:Jaghmini_manuscript.jpg
Christophus Clavius, In sphaeram Ioannis de Sacrobosco commentarius [..]. Roma, 1581, p. 430.
『二儀略説』稲垣本、中巻、6a
「二十八都市万国絵図(万国絵図屏風)」、宮内庁三の丸尚蔵館。
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