中国の哲学はひたすら人生の目的を追求してきた。哲学者たちの思索は、ついに人間という関心領域をはずれることがなかった。自然にかんする思索といえども、人間にかんする思索の自然主義的立場からの基礎付けとして展開された。いいかえれば、哲学はなによりもまず人間学だったのである。(3頁)
2020年8月26日水曜日
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土田健次郎「儒教とは何か」
土田健次郎「儒教とは何か」、大月杏奈ほか編『儒教のかたち こころの鑑:日本美術に見る儒教』(展覧会図録)サントリー美術館、2024年、8-14頁。 日本の歴史に儒教が果たした役割が簡潔かつ見事にまとめられている。長年の研究で練り上げられた独自の視点と語り口が光っている。こういう...
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