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デザイン論法
1603・4年イエズス会日本年報(報告集第Ⅰ期第4巻、277頁) ここに、日本の高貴できわめて古い家系の異教徒の若者がいた。彼はかつて太閤様の小姓を務め、現在は福島(正則)殿に仕えており、彼の一寵臣の嗣子である。この男は禅宗に属し、その宗派の仏僧たちは多額の金を支払う何人かの...
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「…万屋町には、小林謙貞という天文学、数学史上に重要な位置を占める人も住まっていた。 謙貞は林吉右衛門について天文、地理、星宿、暦法を修めた。この吉右衛門は、刊本長崎先民像[ママ]には吉左衛門に作ってあるが、稿本長崎先民像[ママ]には吉右衛門に作ってある。これを明らかにされたの...
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ここ半年間、このブログにいろいろ書いてきたが、専門である16-17世紀の日欧知識交流について、ほとんど何も書いていないことに気が付いたので、井上筑後守にまつわる先行研究をまとめてみる。 16世紀に始まる日欧知識交流の歴史の中で、幕府大目付・井上筑後守政重(清兵衛尉、号は幽山 15...
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最近ゆえあって、幕末長崎の和算家・秋岡種壽(1815-?)について調べる機会があった。 『慶応元年明細分限帳』によると(177頁)、秋岡家は貞享四年(1687)以来代々長崎の地役人を勤めた家らしく、種壽は当時阿蘭陀通詞附筆者を勤め、通称を種之助と名乗っていた。 貞享四卯年玄祖父よ...
歴文での講演でいつも貴重な勉強をさせていただきております。
返信削除本日書店にて松尾 龍之介さんの新刊「長崎を識らずして江戸を語るなかれ 」(平凡社新書) を見かけました。
平岡さんのご興味のある分野かと思い、ご紹介いたしました。
今後ともよろしくお願い申し上げます。宮田
ありがとうございます。松尾さんの活動には前から注目していました。
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